ディア・マイ・サンタクロース

クリスマス (2013年)

「二人とも、ホンマにおおきに。ごめんな、車で送って行けたらよかったんやけど……」
「ええよええよ、まだ片付けもあるし明日の準備もせなアカンのやろ? 気にせんといて」

貴子と、貴子のご両親に挨拶をして、茜と二人、並んで歩き出す。
まだまだ、駅前のこの通りには人が多い。ただ、先程までと比べて、カップルの比率と、その密着度が高くなってるように感じるのは、アタシの気のせいやろか。

「カップルの夜は、まだまだこれからって感じやねぇ」

気のせいではなかったらしい。茜が溜息まじりにそんなことを言う。

「茜も、彼氏作ったらよかったやん。バスケ部の原口君、茜のこと好きなんやろ?」

ちょっとからかい気味言ってみたのに、何も言葉が返って来えへんかった。
もしかして、まずいこと聞いてしもたやろか?

「おかしいなぁ。絶対いる思たんやけど」
「……どないしたん、茜」

一瞬でも不安になったアタシがあほやった。アタシの話なんて全く耳に入ってへんかった様子で、茜はなぜかきょろきょろと辺りを窺っとる。
と思っていたら、突然「あっ!」と大きな声を上げた。それから、みるみるうちに『にんまり』としか表現できへんような顔に変わる。

「じゃ、ウチは電車やから。また明日な、和葉!」
「え? 急にどうしたん。アタシも電車やで?」
「ちゃうやろ? アンタはあっち!」

茜に目で合図されて、促されるままに後ろを振り返る。
そして、背中を押された。

――うそ。何で……

道路を挟んだ向かい側に、見慣れた姿があった。信号が青に変わるのを待ってから、真っ直ぐにこちらへと歩いてくる。
アタシの目の前までやってきた平次は、少し怒ったような顔をしとった。その耳が赤くて、まるで長い時間、この寒空の下におったみたいや。

「平次、どうして……」

無言で、てのひらが差し出された。
意図がわからなくて首を傾げてみせると、更にぐいと目前に迫る。
とりあえず右手をのせてみたら、「アホ、ちゃうわ。 携帯出せ!」と理不尽な言葉をぶつけられた。

「アホはアンタや! せやったら最初からそう言えばええやろ!」
「ええからはよ寄越せ!」

そういえば、どこやったっけ?
コートのポケットに手を入れてみたけど、出てきたのはちょこっとラメが入ったカラーリップだけやった。
今度は鞄のサイドポケットを探る。と、着信とメール受信を知らせるランプの点滅が見えた。
目的の物を取り出した途端、素早く出てきた色黒の手に奪われる。

「ちょっと! 何すんねん!」

慌てて手を伸ばしたけれど、あっという間に向けられた背中にそれを阻まれる。 揉み合ったところでアタシが平次にかなうわけもなく、かろうじて、平次がアタシの携帯電話で何か操作したところだけは見えた。

「今何かしたやろ! 勝手に何すんの!!」
「……宛先間違えてお前に送ってしもたメール消しただけや、気にスンナ」

飄々とした顔でそんなことを言って、「ほい」と返してくる。
怪しい。絶対、あやしい。
そう確信できるのに、証拠を消されてしもたらもう何もできへん。

「……不在着信の履歴も消えてるんやけどぉ?」
「え? そやったか? スマンスマン、間違えて消してしもたんかなぁ」
「もうっ! 蘭ちゃんからの電話やったらどうするんよ!」
「姉ちゃんがイブにお前に電話してくるわけないやろ」

平次の口から出た『イブ』という単語に、思わず足が止まる。

アタシの誘いも、剣道部のみんなの誘いも断って、耳がそんなに赤くなるほどの時間、
どこで何してたん。
誰かと、一緒やったん。

どうせ聞かれへんのやから、こんなこと考えなければええのに。
向けられた背中を見つめながら、広がってしもた距離を縮めるように急ぎ足で歩く。

「あ……」

コートのポケットに入れた携帯電話から振動が伝わる。
取り出して見ると、茜からのメール。件名は、『さすが名探偵』。
名探偵――て言うたら平次のことやろか。そんなことを考えながらメールを開く。

こんな写メ1枚であそこを
突き止めるなんて、
「西の名探偵」は伊達やないね。
せっかくのクリスマスなんやから、
ええ加減ゆるしてあげたら?
明日のバイトは、ウチ一人で大丈夫やて
貴子にも言うといたから♡
そのかわり、何かあったら話、
聞かせてや?
メリークリスマス!

 

そんな文面の最後にくっついとるのは、1枚の写メ。
サンタクロースの格好をした、アタシの後ろ姿やった。後ろ姿って言うても、写ってるのは肩から上だけ。 申し訳程度に背景もあるけれど、イルミネーションがあるのがかすかに分かるくらいで、暗すぎて街並みなんてほとんど見えない。

――平次がこれを見て、ここまで迎えに来てくれたってこと?

あの耳の赤さも、ずっと、この寒さの中、アタシを探してくれてたから。
その答えに行きついて、頬が熱くなるのが分かった。

「あれ、お前、顔赤ないか」

ずっと前を歩いとったはずの平次が、いつのまにかアタシのすぐ前に戻って来とった。
不意に伸びてきた手が、アタシの前髪を掬う。
せわしなく鳴るアタシの心臓になんてお構いなしに、みるみるうちに平次の顔が近づいてきて、思わず目を瞑った。

「……熱はないみたいやな」

おでこに感じるぬくもり。この感触は知ってる。
おそるおそる目を開けると、「あんな格好でずっと外におるからやで」と、いかにも不機嫌そうな目が至近距離にあった。

「ほら……はよ行くで。駐禁とられたら困るやろ」

路肩に停められたバイクの前に辿り着く。
無造作に渡されたヘルメットを受け取って、目で促されるままに後ろのシートに跨る。
いつものように平次の腰に手を回して上着を掴むと、その上に平次のてのひらが重ねられた。確認するようにアタシの手をぎゅっとしたのは一瞬で、すぐに離れていく。

明日は、こないだお前が言うとったところ行くか。

ヘルメット越しのその声はくぐもっていたけれど、確かにそう聞こえた。
返事のかわりに、回した腕に力をこめる。

大好き。

言いたくて、でも言えない気持ちを、走り出したバイクのエンジン音に紛らせた。

fin.

コメントする