ディア・マイ・サンタクロース

クリスマス (2013年)

白く青く、イルミネーションが色を変えながらきらめく。
遠くでは、ジングルベルの曲が流れとった。右も左も、どこを見てもクリスマス一色で、高校生らしきカップルが手をつないで目の前を通り過ぎていく。

「すみません、これ、ひとつください」

つきかけた溜息を慌てて飲み込んで、笑顔をつくる。「ありがとうございます。1500円です」
綺麗にラッピングされている箱をひとつ差し出して、かわりにお金を受け取る。
五百円玉がひんやりと冷たい。剥き出しのてのひらに息を吹きかけて、ぶるりと身体に走った寒気を誤魔化した。

「やっぱり外やと寒いなぁ。和葉、これかしたげる」

はい、と渡されたのは、てのひらサイズのほっかいろ。
両手で包んでみると、じんわりとあったかい。

「うわ~あったかい。茜、こんなん持ってたん? ずるいわぁ」
「やからこうやってかしてあげてるやん? あったかいやろ」
「しあわせ。頬ずりしたなる~」

お客さんが途切れたのをいいことに、茜とくだらないことをしゃべって笑い合う。

「ごめんなぁ、二人とも。寒いやろ? よかったら、これ、飲んで」

エプロンをした貴子が立っとった。手には、湯気が立つコーヒー。
ありがたく受け取って口をつけると、身体の中からあったまっていく感じがする。

「ありがとぉ。生き返るわぁ」
「これ、美味しいなぁ。オリジナル?」
「お母ちゃんがブレンドしてるんよ」

店内で、ケースの中にてきぱきとケーキを並べるおばちゃんへと視線を向ける。
こちらに気がついたおばちゃんが、ふっと眦を下げてひらひらと手を振ってきた。

「せやけど、ホンマ、二人が手伝ってくれて助かるわ。おおきにな?」

貴子の家は、ここらへんでは結構有名なケーキ屋さんで、たまに地元の情報紙にも取り上げられる。 今日も、次から次へとお客さんが現れては、綺麗に飾り付けられた箱を片手に、軽やかな足取りで帰って行く。

――二人とも、一生のお願い!

そんな風に貴子に声をかけられたのは、どこかカフェに寄ってケーキでも食べて帰ろうかと、茜と帰り支度をしてた時やった。
ケーキ屋さんにとっては、クリスマスは一番と言ってええくらいの稼ぎ時。 もちろん貴子のところも例外やなくて、24日と25日は、臨時でアルバイトを雇って店頭販売を行ってるらしい。

「今日入る予定やったバイトの子が体調悪なったって連絡が来てなぁ……」

悲壮な様子で手を合わす貴子。
そして、断るほどの予定も理由もない、青春真っ盛りのはずの女子高生としては、ちょっと残念なアタシたち。
そんなわけで、急遽、代理で店頭に立っとった。お金と引き換えに、ラッピング済みのケーキを渡すだけやから、特に難しいこともない。
ただし――

「ここだけの話やけど、去年の倍くらいの売れ行きや! 二人のおかげ!」

こっそりと耳打ちした後で、貴子は店内へと戻って行く。茜が、ちらりとアタシの頭から足元へ視線を滑らせた。 そして、にんまりと笑う。「めっちゃ似合うで、和葉」
そう言う茜だって、格好はアタシとおんなじや。
栗色の髪に赤の帽子がよく似合ってる。ふわふわと縁取る白いラインがかわいい。

「と、遠山……!?」

すっかり教室にいるような気分ではしゃぎあってたアタシらは、その声で現実へと引き戻された。
振り向いた先には、わらわらと並ぶ、見慣れた学校指定のコート。

「何してんねん、こんなとこで!」
「みんなこそ、何してんのん? もう部活終わったんや?」

そこにおったのは、剣道部のみんなやった。
クラスメートでもある上田君が、茜にも気付いて声を上げる。「うわ! 木下までおるし!」

「あれー? 何で服部がいてへんの」

アタシが言われへんかった言葉を、茜が言ってくれた。
平次なんて、もう知らんもん。
そう思ってるのに、つい、その姿を探してしもたことが悔しい。

「いや、てっきり遠山と予定あるんやと思って」
「一応、ええとこ行こうやって誘ったんやけどな。全然返事なくて……」
「ふぅん。ええとこ、なぁ? 男子高校生が、甘いケーキ屋さん?」

あっ! と、岡本君が慌てたように口を覆う。
ケーキ目当てなわけないか、と、茜がにやにや笑っとった。

「アンタら、めっちゃついてるやん。こないな格好の和葉、二度と見られへんで」
「何言うてんの! それを言うなら茜やろ!」

アホか、なんちゅう格好してんねん。
見苦しい。
全然似合ってへんで。

平次がおったら、間違いなくそう言われる。
その時の表情までリアルに想像できて、自分でもちょっと悲しくなってしもた。

みんなの誘いも断って、一体何してるんやろ……

ケーキを売ってる最中は忘れられとったのに、見慣れた制服を見た途端、頭の中を占領するのはあのにくたらしい幼馴染。 向こうはきっと、今だってアタシのことなんてまったく考えてないに決まってるのに。
アタシばっかりこんなんで、ホンマに悔しい。

アホか。一人で行けばええやろ。

一昨日、目も合わさずに言われた言葉が、耳によみがえる。
イブが明後日に迫っとったから、ちょっと、勇気を出して誘ってみたらそんな言葉が返ってきた。追い払うような仕草にも腹が立って、悲しくて、それ以来、口も聞いてない。

あほ。平次のどあほ。

ついた溜息が、白く姿を変えて夜空に消えていった。

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