メリー・リハーサル

クリスマス。和葉は平次に連れられて… (旧サイト公開作の再掲)

赤と緑が彩った、イルミネーションきらめく街角。
何やら楽しげに微笑みあったカップルが腕をからませつつ歩く姿を、華やかに飾られたショップのウィンドウが映し出す。
きっとこれから二人で、雑誌の特集に載っているようなお洒落なレストランでディナーなのだ。
そして、お互いが相手のことを想いながら選んだプレゼントを交換して……

「おい、どこまで行くねん」

街中のあちこちに溢れているカップルの、幸せなひとときへと思いを馳せていた和葉は、突然割り込んだその声にハッと意識を戻した。
振り向いたその先には、目を細めた声の主。「ここやで」と、親指で合図してくる。
その動きを追って目線を上げた和葉の瞳に映ったのは―――

「何ゆうてんの。そんなボケ全然おもろないって」
「アホか。誰がボケてんねん」
「……冗談やろ?」
「ボケでも冗談でもないわ」
「う、うそや。やって…ここ……!」

自分の目が信じられなくて、和葉はもう一度、高く聳え立つそれを仰いだ。

***

「……しんっじられへんわ」

ノンアルコールのシャンパンに口をつけると、和葉は向かいに座る平次をにらんだ。
するとすぐさま呆れたような眼差しが返ってくる。「お前、ホンマしつこいな」

「やって、何でこういうとこならこういうとこやってゆうてくれへんの!?」
「ええ店やってゆうたやんけ!」
「平次のええ店なんて、どうせお好みとかそんなとこやと思うやん!」
「お好みの何が悪いねん! ホンマにうまいやろが!」
「それはそうやけど―――」

論点がずれてきている。
左右に首を振ると、和葉は口を開いた。「そうやなくて!」

「学校帰りにちょっと飯食うて帰るでー言われて、まさかこんな高級ホテルのレストランに連れて来られるとは思わへんやん! 制服なんかで来るとこちゃうで!!」
「ええやんけ、他の客とは別室なんやから! 支配人かて構へんゆうとったし」

確かに平次の言う通り、二人がいるのは特別な部屋らしく、遠くに一人、ウェイターがいるだけだった。とはいえ、上品な内装やいかにも高価そうな食器からして、セーラー服と学ランではやはり 場違いな感じが否めない。

せめて、グロスくらい持ってくればよかった……

どうせ食事をしてしまえばとれてしまうのだが、そこは年頃の女の子。こんなレストランで食事となれば、少しでも身を飾りたいと思ってしまう。
しかし、学校帰りの和葉には、せいぜい胸ポケットに入ったリップが限度だった。

「でも…ホンマ信じられへん……」

ほぅっと和葉がついた吐息に、平次はまだ言うかとジト目になったが、今度の「信じられない」は先ほどのものとは違った。
グラスに口をつけながら、和葉はくるりと瞳を巡らす。
壁を縁取ったガラス張りの窓の向こうには、街全体がイルミネーションといった様子で煌めく夜景。
純白のテーブルクロスの上では、綺麗に備え付けられたキャンドルが仄かに灯る。
そしてその先には、少し不満そうな顔でこちらを見ている幼馴染。
幼馴染と自分が身に着けているのが制服だということを除けば、まさに雑誌の特集で見たようなシチュエーションだ。
こんなイブを過ごしているのが信じられない気持ちと、どうしようもなく溢れてしまいそうな嬉しさでそれ以上の言葉が見つからなくなった和葉は、再度、グラスを傾ける。

「失礼致します。こちら、デザートでございます」

目の前に置かれたプレートに、和葉が歓声を上げた。「めっちゃかわいい!」
思ったとおりのその反応に、平次がわずかに表情を緩める。

「雪だるまや~食べるのもったいないなぁ」
「ほなオレが食うたろか」

ぬっと伸びてきたスプーンをぺちりとはたいて、「体はバニラアイスなんかなー目はチョコやね」と手をつけずに熱心に眺めていた和葉だったが、ふと、口を閉じた。
その瞳が、ふらりと揺れる。

「……写メ、撮りたいなぁ、やろ」

思っていたことをズバリ言い当てられて、びっくりしたように和葉が平次を見た。
ふっと笑いを漏らす。「お前、顔に出すぎやねん」
多分にからかいを滲ませた平次の声に眉を寄せると、「思っただけやもん。こんなとこでそんなんせえへんよ」と和葉は顔を背けた。

「撮ればええやろ。あ、お前もしかして携帯、鞄の中なんか」
「うん……ってそうやなくて! マナー違反やん」
「制服で来とって今さら何ゆうてんねん」
「せやけど……」

和葉は言葉を濁らせる。
すると、先ほど下がったウェイターがやって来て「よろしければ、お撮りしましょうか」とカメラを覗かせた。途端に和葉の瞳が輝く。「えっ! いいんですか!?」
にっこりと頷いた彼に礼を言うと、すぐさま和葉は平次に顔を向けた。

「ほら! 平次もカメラ見てぇな!」
「……へいへい」

***

もう一度礼を言ってウェイターを見送ってから、ようやく和葉はスプーンを握る。
少し溶け出していたバニラアイスを掬って口元へ。「ん! めちゃくちゃ濃厚やで、平次!」
幸せそうな和葉に平次も一息つく。そこへ、「お口に合われましたか」と穏やかな声が入って、二人は顔を上げた。

「あ! もうホンマ、美味かったです」
「そうですか。それならよかった」
「あの、今日はありがとうございました。アタシまでご馳走になってしもて……」

いえいえ、と支配人が手を振る。「お礼を言うのはこちらですよ。本当に助けられましたので。評判以上の名探偵でらして」
急に鼻が高くなったかのように見える平次が、支配人の言葉に「いやー」と笑う。
このレストランを最上階に構えるホテルで起こった事件を平次が解決したのは、一週間ほど前のことだった。実際には、起こる前に未然に防いだのだったが。
こういったホテルでもし事件となれば、名前に傷がつくのは避けられないはずだった。

「こうしてお礼が出来て幸いです。お金は受け取られないとお聞きしましたので」

では、お部屋はこちらです。
そんな言葉とともにテーブルに置かれたカードキーに、「え?」と二人の声が揃った。
二人の反応に、一礼して去ろうとしていた支配人も足を止めて振り返る。「えっと…確か、一泊されるのでは……」と、困惑したような声。

「ど、どういうことなん、平次!!」

声を荒げて詰め寄る和葉に、平次が慌てて首を振ってみせる。「あ、どうぞ、気にせんで行ってください」
何かまずいことをしたのかとうろたえる支配人にそう告げると、「ちゃうねん!」と平次は和葉を見返した。「……ホンマは、親父とオカンに来させるつもりやったんや!」
はじめ、あの支配人に感謝の気持ちとしてこのプランを提示されたときは、確かにそのつもりだったのだ。ホテルでディナーなんていかにも肩がこりそうだし、まして一泊なんて高校生の自分にはどう考えても身の丈に合わない。
そんな平次の気が変わったのは、和葉が熱心に見ていた雑誌を、気まぐれに捲ってみたときだった。しかし、それは口に出さないでおく。

「やけど、親父忙しそうやしな」
「そうなんや……」

―――平次にしては気ぃきくやん。

和葉は密かに感心していたが、「大体、オレとお前が泊まるわけないやろが」と続いた平次の言葉に、それはなかったことにされる。
こうして、ディナーの相手に自分を選んでくれたことは嬉しくて堪らないし、一泊しようと言われたら言われたで慌てふためくことしか出来ないだろうとは思う。ただの幼馴染である自分たちが、こんなホテルでイブに一泊なんてどう考えたって有り得ない。
それは和葉とて平次と同じ気持ちなのだが、実際に言われると何となくカチンとくるのだ。

「ここって一泊いくらするんやろな」
「知らん」
「お前なに怒ってんねん」
「……せっかくならもっとオシャレして来たかったんよ!」

本当は全然違ったが、泊まりたがっていると思われても困るのでそうウソをつく。するとすかさず、「またそれか」と平次が呆れたような声を出した。「しゃーないやろ。学校あって部活あっていつ家帰って着替えるヒマあんねん」
ぐいっと最後の一口を飲み干して、平次が腰を上げる。「そろそろ帰るで」
何やら恐縮している支配人にカードキーを返して、もう一度お礼とともに頭を下げてから、二人並んでホテルを出た。

「あー肩こった」

肩に手をやりながら、ぐるぐると平次が首を回す。「やっぱ、高校生の来るとこちゃうわ」
「そやねぇ…」と相槌を打ちながら、和葉は振り返った。「でも、連れてきてくれてありがとな」
おいしかったし、楽しかった―――
そう言って、先ほどまで自分たちがいた最上階を見上げてみるが、地上からではそこは高すぎてよく見えない。何だか夢でも見ていたような気分だった。
冷たい風に火照った頬を撫でられて、現実へと引き戻されたような感覚。

でも、夢やない……

帰り際にウェイターから渡された写真を眺めて、そのことを確かめていた和葉は、「ま、次は高校卒業してからやな」というさりげない平次の呟きに気が付かなかった。
反応のない和葉に焦れて、平次がその腕を掴む。「ボケっとすんなや。はよ帰るで」

「なぁ、平次何でこない目つき悪くしとるん?」
「は? ……あぁ、元からや」
「これどう見てもガンつけて―――」

いちいち気にすんな! と腕からおりてきた平次の手に、掌を握り締められる。
その荒々しさに「何やの、もう」と文句をつけながらも、和葉は振りほどこうとはしない。

今はまだ違う二人の温度が溶け合うのは、それほど遠い未来ではなかった。

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