とてとて走り、見事にこけた

TEXT/大学生/恋人同士

最近ではどの町にもある、金はないけどたくさん飲み食いしたい若者向けの、低価格居酒屋チェーン。 オレの姿を目ざとく見つけて、「お兄さん、一杯いかがですか~?」とやたら明るい声ですり寄ってきた店員を無視して店内に入り、素早く左右に目を向ける。
目的の女は、すぐに見つかった。
隣に座った男が何やらさかんに話しかけとって、それに相槌をうつように女が何度か頷く。

遠目にも、頬が赤くなっとることが分かる。鎖骨あたりまで少し赤い。結構飲んだらしい。
男が何か冗談を言ったのか、女が笑い声を上げた。
その反応に気をよくしとるらしい男に向かって、心の中で毒づく。

――アホか、愛想笑いやで。いい気になんなや。

今度は携帯電話を取り出した男が、女の方へ身を寄せる。一瞬、女の顔が強張るのが分かった。
どうやら電話番号を聞き出そうとしとるらしい。
はぐらかそうとする女に、男が更に詰め寄る。
肩へと手を伸ばそうとしとるのが分かって、これ以上は我慢できずにそこに割り込んだ。

突然現れたオレに、心底驚いたように丸くした目で女が見上げてくる。

「悪いけど、コイツ、オレのやから連れて帰んで」

女が支払うであろうくらいの金をテーブルに置き、「何すんの」「アンタのちゃうし」とかなんとか喚くのを無視して、女を引き摺るように店を出た。

「……離してや! 急に現れて勝手なことせんといてよ!」

そう叫ぶ声も酒のせいか少し呂律が回ってなくて、その妙に男心をくすぐりそうな感じが腹立たしい。
近くで見ると、若干、目が潤んでいるのも分かる。
あの男にずっとこんな顔を見せとったのかと思うと、益々苛立ちが募っていく。

「お前こそ何考えとんねん! 合コンやぞ!」
「合コン出て何が悪いんよ! アタシの自由やん!」

無理やりオレの腕を振り払った和葉が、駅とは反対の方向に身体を翻す。
酔いが回っとる上に、合コンに備えたのか普段より高いヒールの靴を履いとる和葉は、頼りない足取りで走ったほんの数メートル先で、あっけなくこけた。
その拍子に白いミニスカートがふわりと舞って、中のものがはっきりと覗く。

「……痛い。全部平次のせいや。平次のあほ」

自分が勝手に走り出して転んだくせに、恨みがましくこちらを見上げてくる。

「あーあ。派手にすりむいたなぁ」
「平次のせいやで」

痛みのせいか、眦にうっすら涙が浮かぶ。「ここはカッコよく走り去るところやったのに……」
悔しそうな顔で真剣にそんなことを言う和葉に、思わずふきだしてしもた。ますます和葉が頬を膨らます。

「スマン。全部、オレのせいや」

5回連続のデートのドタキャン、しかも5回目は和葉の誕生日当日。
例の如く事件に明け暮れとって、碌に連絡すらせえへんかった。
それでも一応、キャンセルの連絡だけは忘れずにした分、前よりは成長したとは思うんやけど……

そんな言い訳は心の中だけにしておく。

「……何であそこにおるて分かったん」
「オレを誰やと思ってんねん」

誕生日デートのキャンセル理由になった事件を数日がかりで解決したものの、今度は大学のレポートに追われてフォローを忘れとったオレに届いた一通のメール。
それは、和葉の反逆を恋人経由で聞きつけたらしい、東の探偵からのものやった。
ヤツも「居酒屋」「合コン」というヒントしか持ってへんかったけど、まぁ、オレらにかかればそれで十分や。

地面にうずくまったままの和葉の腕を引き、肩へと抱え上げる。
思いもよらないオレの行動に、和葉が慌てたような声を出す。

「え、ちょお、何すんの! アタシ、歩けるで!」
「うん、まぁ、ええやん。また逃げられたら困るし。お前、酔っ払いやし」

諦め悪く声を上げとるのを無視して、そのまま歩き出す。

「平次、どこ行くん。バイクあっちちゃうのん」
「アホ。酔っ払いなん危なくて後ろ乗せられへんわ。ちょっと休憩してから帰るで」
「休憩? どこで?」

お、あったあった。
少し薄暗くなった通りを歩くと、すぐに目的の場所が見つかった。
普通の繁華街とはちょっとだけ違うネオンの光に、オレの思惑に気付いたらしい和葉がまた暴れ出す。

――散々煽られたからな。長い休憩になりそうや。

オレの心の声が聞こえたのか、腕の中の和葉がぴくりと震えた。

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