拙いキス

TEXT/高校生/恋人同士/ケンカした二人

明け方から降り出した雨の音だけが、静まり返った部屋の隙間を埋める。
窓越しに見える空はどこまでもどんよりと暗い色の雲に覆われとって、アタシの心の中まで同じ色になってしまいそう。

ちっとも続きが思いつかない数式を諦めて、ちらりと、ベッドに寝そべるこの部屋の主を見やる。
拒絶するようにアタシに向けられた背中は、アタシを部屋にあげてからずっと、こちらを向いたままや。

――あほ。

聞こえるようにそうつぶやいたアタシの声を、窓を打つ雨音が掻き消した。

***

幼い頃から、ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染。
些細なものから、一週間以上も口をきかないようなものまで。喧嘩も、もちろん仲直りも、それこそ飽きるほどの数してきた。
シンプルに「ごめん」やったり、相手の好きなもの買ってったり。
喧嘩をしたら、こうしましょう――そんな風に言葉にするまでもなく、アタシたちの間ではいつのまにか当たり前になっとった。

テーブルの端で、手つかずのまま冷めていくたこやき。
かわいそうな姿が目に入って、つい、自分を重ねて溜息が出てしまう。ごめんもたこやきも通用しない幼馴染に、これ以上どうしたらええのか分からへん。

――あ、もう「彼氏」やった。

ふとそんなことを考えて、ちょっと頬が熱くなった。
照れてる場合ちゃうやろと自分につっこむけれど、3か月前、唐突に言われた言葉を思い出すともうアカン。 ゆるみそうな頬に必死に力を入れて、唇を噛みしめて上がりそうな口角を堪える。
こんな時ににやにやしとるとこ見られたらまずい。

そんなアタシの心配をよそに、相変わらずアタシと向き合ってくれるのは背中だけ。仕方ないから、じっくりと見つめてみる。
バイクに乗せてもらうから分かるけど、ずっと剣道をやってきたせいか、細身に見える割に平次の上半身は筋肉がついているらしい。ちょうどええ弾力があって、しがみついてると無性にぎゅっと顔を押しつけたくなる。
……なるだけで、したことはないんやけど。

長らく無視されたままの膠着状態がアタシをおかしくしたのか、次の瞬間には手を伸ばしとった。
背中に触れると、平次の肩がぴくりと動く。
それでも「無視」を続行することにしたらしく、平次が何も言わないのをいいことに、そのままベッドに上がった。

「……好き」

つい、ぽろりと漏れてしもた。
背中に顔を埋めて、平次の体温とにおいに包まれてたらそんな気持ちが溢れてきて、たまらなくなる。
更に力を込めたアタシの腕を、平次が掴んだ。肘らへんからおりてきた平次の指が、握ったアタシの掌を割って這入りこむ。

仲直りのしるしに。
そっと、うなじにかすめるようにキスをした。

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