01.彼の自覚 -ビギナーズ・ハイ-

平次の自覚、告白(by ami 様)

「村瀬、遠山のことマジらしいで」

今の今まで年末年始の練習日程について会話していたはずなのに、不意の沈黙のあとで出てきたのはそんな言葉やった。
思わず止まってしまったチョークの動きを誤魔化すため、書き損じを装って黒板消しに手をのばす。と、オレより一瞬はやく掴んだ浩に差し出された。
動揺も、そしてそれを誤魔化そうしたことも。
すべて見透かされているような気がするのは、オレの考えすぎやろか。

「マジって……本気と書いてマジて読むやつか」

答えになっていないオレの答えに、浩の口角が少し上がる。「そうやで」なんて言いながらペットボトルに口をつけ、一気に飲み干した。
空になったそれでこつこつと机を打ちつつ、何かを逡巡しているような顔をする。

「今日の放課後、告白する言うてた」

このまま聞くべきか、話をそらすべきか。
そんなオレの思考を阻み、浩に発言を決断させたのは、慣れ親しんだメロディーとともに流れ始めた下校を促す校内放送やった。

***

中学に入った頃からやったと思う。
クラスの女子で誰がかわええとか、隣のクラスの誰それがこれまた別のクラスの誰それに惚れとるとか。
告った告られた、誰と誰が別れた。気付いたときには、周りはそんな話に夢中やった。
オレは和葉と何度もその槍玉にあげられたし、いちいち否定するのも面倒なのと、もともとあまり興味のない話題やったことも手伝って、いつしかオレはその手の話題になると自然に輪からはみでるようになった。

――久しぶりの『誰それの告白』の話題に、まさか和葉が登場するとはな。

続きが思いつかないメールの作成画面を閉じ、明かりの灯った玄関に足を踏み入れる。
すぐさまに目に入ったのは、見慣れた革靴。
自分のとは明らかにサイズの違うそれの隣に並ぶように靴を脱ぐ。

「おかえり。遅かったなぁ」

和葉のいつもと変わらない顔を、ついまじまじと見てしてしもた。「……どないしたん」
不思議そうに首を傾げる和葉に何でもないと首を振り、「お前なんでおんねん」と話題を変える。途端にプッと頬を膨らませ、「なんで、やてぇ?」と低い声を出した。

「約束したやろ! 今日の数学の宿題、一緒やるって!」
「え、そやったか?」
「そやったの!!」

はよご飯食べて始めるで!
そんな風に和葉に追い立てられながら、全く変わることはない自分たちの日常に少し安堵した。

そして、ふと思う。
和葉は、好きなヤツとかおるんやろか。村瀬に告白されて、何て言って断ったんやろか。
思い返せば、今まで和葉と恋愛について話したことはなかった。誰それを好き、という噂を聞いたこともない。

――まぁコイツ、ガキやしミーハーやから、ちゃんと好きなヤツとかいたことないんやろな。

ちらりと和葉の横顔を窺う。
片肘をついて宿題のプリントに目を落とす和葉は、こちらの視線に気付く様子はない。難しいのか、問題を解くはずの右手が動く気配もなかった。
分からへんとこあるなら教えたろか?
そう声をかけようとしてオレが口を開くのと、和葉が小さく溜息をつくのが同時やった。オレが見ているのに気付いた途端、「……あはは、全然わからんくて困るわぁ」
笑いながらそんなことを言う。

「………………」

どうやらオレは思い違いをしていたらしかった。ふつふつと、自分の中で何かが湧き立つのを感じる。焦りとも苛立ちとも違うけれど、そのどちらにも似ている気がする。
宿題とは全然違うことに意識を囚われているくせに、それをオレに隠す和葉。
あんな中途半端な笑顔でオレを誤魔化せると思っている和葉。

「なぁ和葉。お前今日――」

テーブルの端に置いてある和葉の携帯がブルブルと震え、オレは口を噤んだ。和葉の目が携帯のディスプレイに向くが、手をのばす様子はない。
静まり返った部屋に、振動音だけが響く。

「電話やろ。出えへんのか」

ピクリと、和葉の肩がこわばる。「で、出るけど……」
そんなことを言いつつも、物憂げに目を伏せる。

――ああもう、オレがおったら話されへんってことか!

突然立ちあがったオレに、和葉が驚いたように顔を上げる。「風呂入ってくるわ」
ほっとする和葉を見たくなくて、振り返らずに部屋を出た。

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