01.彼の自覚 -ビギナーズ・ハイ-

平次の自覚、告白(by ami 様)

――服部と遠山さんて、どういう関係なん。

そう村瀬から尋ねられたのは、いつのことだったか。
その手の質問は中学の頃に散々されて以降、久しくなかったものだから、一瞬返答に詰まったのを憶えている。「ただの幼馴染、て答えはなしで」
オレが口を開くのよりも一瞬はやく、そう制したヤツの顔が脳裏によみがえった。

あの時自分が何て答えたのか。その記憶が全くなかった。
幼馴染以外の答えを求められても、オレたちにはそれ以外なんてない。だから、おそらくそのようなことを答えたのだろうとは思う。

「……しいて言うなら、子分か」

告白なんかされたくせに、オレに何も言わず、隠そうとさえするなんて。先ほどの和葉の態度が思い出されて、苛立ちがぶり返す。
おそらく、村瀬からの電話だろう。振られた相手に何の用だというのか。
しかも、和葉のあの気まずそうな顔。

そこで、はたと気が付いた。

――まさか、振られてへん、なんてことはないよな。

振られていないということは、付き合うということだ。付き合うということは、つまり、そういうことだ。
二人で出掛けたり、手をつないだり、キスしたり――

「ちょっと平次、まだ入ってたん?」

曇りガラス越しに、オカンの呑気な声が届けられた。「そろそろ和葉ちゃん送ってかんと」
思っていた以上に時間が経っていたらしく、慌てて湯船から腰を上げると、一瞬体がふらつく。少々のぼせたらしい。
蛇口をひねり、冷水とともに頭に過ぎった二人の残像を洗い流した。

部屋に戻ると、上手に腕を枕にして寝息をたてる和葉に迎えられた。「……ほんま、どこでもよう寝る女やの」
手には携帯電話ではなくシャープペンシルが握られている。消しゴムのカスも散らばっているから、どうやらあの電話の後は勉強も少し捗ったらしい。それをいい傾向とみるか悪い傾向とみるか、微妙なところやった。
すぐ隣に腰を下ろし、名前を呼んでみる。が、身じろぎするだけで目覚める気配はない。

どうせならベッドで寝かせてやるか、と、テーブルに寄りかかる和葉の体を抱き起こし、抱え上げかけたところだった。

「すき……」

耳を疑った。
気を取られたせいでバランスを崩し、和葉を抱えたままベッドの上に傾れ込む。目を覚ました和葉と、至近距離で目が合った。

「今、誰の夢見てたんや」

まだ頭が回らないらしく、目をまんまるくしたまま何も言わない。

「村瀬なんか」

オレを見上げてくる和葉の目が、さらに大きくなる。どうして、と口が動いた。
どうして分かったのか、ということだろうか。
音を立てて、何かがオレの中で崩れていく。

「アカンで」

絶対、アカン。村瀬が好きなんて、そんなん、許せるわけないやろ。
自分でもこの感情がどこから湧き立つのか分からない。理論立てて説明できないことは嫌いなはずなのに、それでもどうしようもないのだ。
和葉が誰かに「好き」なんて言うのを、黙って見過ごすことなんてできない。

「……何で、平次にそんなこと言われなアカンの」

――親分やから、とか言うん?

そう言って、和葉はぎゅっと唇を噛む。
その紅さを見た途端、たまらなくなって噛みつくようにそこに触れた。
驚いた和葉が黙っていたのはほんの一瞬で、すぐさま逃れようともがきだす。そんな和葉に上から体重をかけ、押さえ込むように抱き締めた。
オレを押し返そうと突っぱねる和葉の腕の力は拍子抜けするほどに弱く、改めて、自分が男で和葉が女であることを思い知らされる。
初めて触れる唇も、抱え込んだ身体も、ひたすら柔らかく、あたたかい。

そして、答えはすとんとオレの胸に落ちてきた。

ずっと、こうしたかった。
和葉にキスしたくて、和葉を抱き締めたくて、和葉にオレのことを好きになってほしかった。

「好きやからや」

呆然と、和葉が見上げてくる。

「和葉のことが好きや。他のヤツになんて渡したない」

オレのことを、好きになってほしい。

そう告げると、和葉の眉が歪む。その瞳の中に映るオレの顔がぼやけていき、みるみるうちにたまった滴がまなじりからひとつ零れおちた。
あほ、と唇が動いたと思ったら、頬っぺた思い切り引っ張られる。

「……はじめから、ずっと、平次だけやもん」

少し悔しそうにオレをにらむ。
そんな顔さえたまらなく可愛く見えて。

恋とは恐ろしいと、今更ながらにオレは学んだ。

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