peaceful park

から紅のエンディング後を妄想した小話です。思いっきりネタバレですので、未見の方、ご注意ください！！

 

***

 

『しのぶれど　色に出でにけり　わが恋は　ものや思ふと　人の問ふまで』

 

これがアタシの気持ちやで。

 

 

あとは送信するだけの状態で、下書きフォルダに保存していたメールをタップする。
「送信」と「削除」のボタンの間で、人差し指が揺れ動く。

 

――勝負には負けてしもたんやし、やっぱし、ズルはアカンよね。

 

削除ボタンを押すと、削除確認のアラートが表示される。
「はい」に指を置きかけて、ふと、あの子の声が耳によみがえった。

 

平次のことを、「未来の旦那さん」と言ったあの子。
そんなあの子を、「美人」だと言って、腕を抱き込まれてまんざらでもないような顔をしていた平次。

 

結局、「未来の旦那さん」は、幼い平次の言葉を聞き違えた、あの子の思い込みではあったのだけれど。
狙った札は絶対に逃さない――その言い残して去っていった、あの子の後ろ姿が、脳裏に浮かぶ。
平次を想う気持ちでは、長さも、強さも、負けない自信があるけれど、平次が自分を選んでくれるかは、正直、自信がなかった。
自分が想った分だけ、相手も想ってくれる。
それがどんなに難しいことか、もう何年も、なかなかこっちを向いてくれない幼馴染の背中を追いかけていて、痛いほど身に染みていた。

 

――もたもたしてるうちに、また、あの子が平次と会うたらどないしよう。
あの子……紅葉ちゃん。

 

ずっと、少し見下したように「葉っぱちゃん」と言っていたのに、最後に、和葉ちゃんと呼んでくれたことを思い出す。
ライバルとして、対等な存在として、認めてくれたように。

 

――紅葉ちゃん、思ったよりはええ子そうやったし、あの子のこと、どんどん平次が知っていって。
そんでもし……もしも、好きになってしもたら――

 

そこまで考えて、それを振り払うかのように頭を振る。

 

「いやや！ そんなん絶対アカン！！」

 

やっぱり、ここらで一発、このメール送って、平次にアタシの気持ちをガツンと――

 

 

「なーに一人で盛り上がっとんねん」
「ひゃっ！！」

 

突然割り込んだ声に顔を上げると、そこにいたのは、先ほどからの悩みの種の張本人。
「なんや？ メールか？」と、躊躇いもなく、画面をのぞきこもうとする。
つられて画面に目をやると、そこには「削除しました」のメッセージ。

 

「あー！ 削除してもうたやん！」
「え？」
「平次がいきなり声かけるからやで！ せっかく書いたメール、消してしもたの！」
「やいやい言うなや。メールくらい、もっぺん打ったらええやろ」
「アホ！ ほんの数行やったけど、あのメールを打つのに、アタシがどんだけ――

 

そう言いながらも、心のどこかでは、ほっとしていた。
伝えずにすんだ、自分の気持ち。
自分から送られたあの歌に対する平次の反応を知るのは、本当はまだ少し、こわかった。
それに――

 

ほんまのほんまは、平次がアタシのこと、好きて言ってくれるの、待ちたいんやもん。

 

隣に腰を下ろした平次は、こちらの抱えている葛藤なんて微塵も知らずに、「豚まんとピザまん、どっちがええ？」なんて言いながら、コンビニの袋をごそごそしている。
どっちも食べたい、と伝えると、少し面倒そうな顔をした後で、「しゃーないなぁ」と、半分に割った豚まんを差し出してくれた。
その手の甲に、うっすらと浮かぶ傷痕。
あの時も、今回も、一心に自分を守ってくれた、右手。

 

「ありがとうな、平次」
「ん？ なんや急に。豚まんくらいで」
「ちゃうわ！ 豚まんやのうて！」

 

アタシのこと、守ってくれて、ありがと――

 

そこまで言ったところで、豚まんを口に押し込まれた。
文句を言おうにも、口の中は豚まんに占領されていて、もがもがと言葉にならない。

 

「あーほ。お前一人くらい、まかせとけ」

 

せやから、大人しう守られとけよ。

 

この傷がついた時のことを思い出したのか、そんな一言が付け加えられる。
平次がどうして必死に自分を守ってくれるのか、理由はわからないけれど。
そう言ってくれる相手が、この先もずっと、自分だったらいいと、わがままなことを思う。

 

 

――ほんでいつか、色に出る平次の恋が、アタシへのものやったらええのにな。

 

 

 

 

*** おわり ***