幼馴染に10題

「もしも、平次が和葉への気持ちを恋とは気づかなかったら」をテーマに、素敵なお題に挑戦しました。
大学進学を機に離れ離れになった二人が両想いになるまでを文章で綴っています。(まだ途中です)

好きな人のそばにおれるなら、それだけでええ。

修学旅行の夜、同じ部屋やった子たちで輪になって、話題はやっぱり恋の話で。
そしたら、輪の中の誰かがそう言うた。
たとえ両想いになれなくても、ただそばにおれるだけでええのに―――

何で?

あの頃のアタシは、そう思った。
人間ってもっと欲深い。そばにおって、ちょっと仲良くなれたらもっとってなるし。
たまにでもその人が優しくしてくれたら、期待ばっかり膨らんでってまう。
そばにおれるだけでええなんて。そんなの絶対うそやって、そう思った。
実際、その頃のアタシはもっともっとって願っとったから。

でも、今ならあの子の気持ちが分かる。
もう、これまでみたいに平次のそばにおられんようになる、今のアタシなら。

ただ傍にいたかっただけ

風が、散り散りになった落ち葉を巻き上げながら吹き抜けてった。
家を出てまだ数分しか経ってへんのに、もう頬がピリピリして痛い。ポケットにしのばせとったカイロを当てみるとあったかくて、ほっと息が漏れる。
それが白く姿を変えて、真っ暗な夜空に消えていく。

*

楽しいときは過ぎるのが早くて、そうやないときは遅いってよく言われる。
でも実はそうでもないってことにアタシは最近気付いた。夏の終わりから本格的な冬まで、ホンマにあっというまやった気がする。
その間にあったのは、ひたすら勉強、勉強、勉強。
勉強はあんまり好きやないけど、結構熱中することができた。おかげで、先月あったセンター試験の結果も上々。二次試験がもうすぐやのに、こうして夜中出歩く余裕がある。
頬っぺたにあったカイロをずらして、今度は鼻の頭にくっつけた。

季節は確実に変わってるのに、あの夏の日がほんのこの間のことのように感じることがある。それは多分、あの日から平次との時間がとまってるから。
あれだけあったのがウソみたいに、あの晩を境に、平次と過ごす時間がなくなった。
姿はたくさん見る。話の輪の中に平次がいれば普通に話もする。
でも、二人だけでおる時間はない。

何してんのやろ、アタシ。

登下校中、平次の姿を見つけては隠れるたびに、自分でもそう思った。
もう、時間はないのに。春には確実に平次は行ってまうのに。
それでも、二人きりで話したら平次の足ひっぱるようなことばっかり言ってまいそうで怖かった。

**

初めて平次にそのことを聞かされたのは夏の終わり、夕方に吹く風の湿っぽさが少しずつなくなり始めた頃やった。
いつものように平次と並んだ帰り道。
冬に控えた受験が気に重くて、アタシが口にした。「このまま夏が終わらんかったらええのに」
てっきりあしらわれるだけやと思ってたのに、アタシに視線を寄越してから、平次は黙った。
そして。
―――晩飯食ったら庭で花火すんで。
アタシを見ないまま、ゆっくりと平次はそう言うた。

あの晩の花火は、今までで一番楽しかった気がする。そう感じるのは、平次がずっと笑ってたからやと思う。いつもなら、余った花火は次の夏まで持ち越すのに、あの日は違った。
最後の一本まで使いきろうと言ったんは、アタシやなくて平次やった。
その線香花火があと少しで落ちる、ていうとき。
平次はアタシに東京行きを告げた。何てことない、みたいな言い方で。
やから、火が落ちる瞬間をアタシは見てへん。
自分が最初に何て言うたかは、憶えてない。正直、そのあとに口にした言葉も。
分かるのは、みっともないくらい泣いたことと、平次を責めたこと。
ほんの少し前までの時間が信じられへんくらい幸せだっただけに余計に苦しくて哀しかった。
そのとき初めて、花火を使い切ったわけに気が付いた。

***

―――花が咲く頃には、平次は東京なんやな。

慣れ親しんだ桜の木が目に入って、改めて、そんな想いでいっぱいになる。
全ての葉を落とした枝の先まで視線を上らせてくと、ぽつりと灯った窓に辿りついた。思ったとおり、まだ勉強中らしい。
東京の大学を受けることを、いつ平次が決めたのかは知らない。少なくとも、3年に上がってすぐの頃までは大阪、遠くても関西にある大学の名前が模試の志望校欄には書かれとったと思う。
春から夏にかけて平次の心を変えるようなことがあったのかもしれへんし、志望校に挙げてへんかっただけで、ホンマはもっと前から、東京行きも考えとったのかもしれへん。
どっちにしたって、決心させるきっかけはあったはずや。
ずっとずっと一緒におったのに、アタシは平次の何を見とったんやろ。

「あ……」

タイミングをはかったようにそのカーテンが開いて、平次が顔を覗かせる。
その目がまっすぐアタシにおりてきた。信じられへんけど、まるで、アタシがここにおるって分かってたみたいに。
いったん姿を消して、平次はあっというまに玄関から現れる。「何してんねん、こんな時間に」
その言い方が前とちっとも変わらない。
ぶっきらぼうやけど、きっと、親しみがこもった声。

アカン……

それだけでもう、泣きそうやった。うまく言葉が出てけえへん。
あんなに何度も繰り返し練習したのに、頭ん中は真っ白で、鼻の奥はツンとして痛い。
視界の平次が、勝手にぼやけてく。

「平次、アタシな……」

どうしてもその続きが出てこなくて、諦めて手にしとった紙袋を押し付ける。「見てええんか」て訊ねてきた平次に頷いてみせると、紙が触れ合う音。「これ……」

「あ、明日…東京、めっちゃ寒いんやて。せやから……」
「お前、こんなん編んどってちゃんと勉強しとったんか」
「しとったよ! センターかてばっちりやったもん」
「ほぉー……」

感心したみたいにこっちを見ながら、平次はぐるぐるとマフラーを巻きつけた。
少し長すぎたみたいで、口元まで埋もれそうなっとる。
その姿が何や可愛くて、泣きそうやったのも忘れてちょっと笑ってしもた。すぐさま「何やねん」て声。ううん、と首を振ってみせたら、ちょっと探るような目をしたあとで、「おおきにな」と平次が笑う。

「がんばってな」

もう何ヶ月も、言いたいのに言えへんかったその言葉が、平次の笑顔を見たとたん、
すんなりと口から出てくる。「平次なら、大丈夫やで」
一瞬虚をつかれたような顔をして、「任せとけ」って平次はまた笑う。

行かんといて欲しい。あの夏の日は本気でそう思った。
それからずっと、不安で堪らなかった。
アタシの知らないところで平次の世界が広がっていくのも、平次のいないところでアタシの世界が広がっていくのも。何かが変わってまうかもしれないことが、すごく怖い。
今でもその気持ちが全然ないわけやない。
でも、考え抜いた末に平次がそう決めたならやっぱりアタシはそれを応援したいし、それがアタシの役目やて思った。
ずっと一緒におった幼馴染としても、平次のことを想う一人としても。

「おまもりも、忘れんといてや」
「何や、あれ、学業にも効くんか」
「万能やの! 絶対、持ってってや!」

へいへい、と頷いたのを確認すると、平次に背を向ける。「帰るんやったら送るで」とかけられた声に首を振って歩き出した。「おい! 今何時やとおもてんねん」
そう言ってアタシの腕を掴んだ平次を振り返って、もう一度だけ向かい合う。

「ホンマにええって。大丈夫やから」

何かを言いかけた平次を遮って、「大丈夫や」ともう一度繰り返した。
平次がそばにいなくても。
そう付け加えることは出来へんかったけど、アタシの目を見返して、結局平次は口を噤んだ。
ほななと告げて、今度こそ本当に平次に背を向ける。
さっき言えた「がんばれ」は心からの言葉やった。
せやから、これ以上平次と一緒におってそれをウソにしてしまいたくない。

ホンマは、ずっと平次のそばにいたい―――

一番言いたい言葉は、いつも、心ん中ではね返って消える。

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